変貌するブランディング

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ブランド戦略とはロゴやブランドメッセージを作ることではないということ

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 “PLACE BRANDING? It’s not about the logo”(*1)

 上に添付したのは今年の5月にリバプール市で行われた「プレイスブランディング」(場所のブランディング、日本ではぴったりの翻訳がない)のイベントのロゴです。これはシティプロモーションの業務を考えるうえで、とても象徴的なメッセージです。特に今日お話しする「ブランド管理」について関係が深いと思います。

 前回の記事では、シティプロモーション業務を総ざらいしてみましたが、今回以降、それぞれの業務の概要と私が考える課題、改善のための示唆を書いてみたいと思います。

 ということで、今回は「ブランド管理」のうちの「ブランド戦略立案」業務について。

 「ブランド管理」と事務分掌的なことばづかいをしましたが、民間企業では大方「ブランドマネジメント」と呼ばれています。もちろん、組織によって対象としている業務領域は若干の違いはありますが、基本的には「戦略」と「管理」の業務領域に分かれているといっていいでしょう。

 それに基づいて、前回、自治体の事務分掌としては「ブランド戦略立案」と「ブランドガイドライン作成・管理」のふたつに分けてみました。

 まず、自治体がマネージする意味での「ブランド戦略立案」業務ですが、これは次のようなことを整理するところから始めると、ほぼ間違いはないと思います。

  • 自己定義=その地域にはどのような存在意義があるのか、価値を提供できるのか(Value
  • 目標定義=その地域をどんな場所にしたいのか、どんな住民になりたいのか(Vision
  • 使命定義=その目標実現のための考え方や行動指針はどのようなものか(Mission)

 ブランドコンサルティング会社などのメソッドによっては、若干のバリエーションがありますが、一度はこんなふうに整理してみるのもとても価値がある作業です。民間企業の一例をあげると、ディズニー社ではこんな感じです。

  • Value: No cynicism, wholesome, enjoyable fun, trusting(屈託なく、健全で、楽しめる喜び、信頼)
  • Vision: Making People Happy(人々を幸せにする)
  • Mission: To create magic moments in the lives of families across the world(世界中の家族の暮らしに魔法の瞬間を創造する)

 もう少し単純化するならば、「自分は何者で、何を目指し、そのために何をするのか」ということです。ここから始めれば大きく間違うことはありません。

 ただし、注意が必要なのは、主体のあり方についてです。民間企業の場合は、当然ながら企業が主体(主語)でいいわけですが、行政がマネージする場合は、行政だけでそのような地域のブランドづくり(場所ブランドづくり)ができるわけではありません。行政、市民、ステークホルダーが一体となった意味での「主体」と考えるべきだと思います。

 また、このような定義づけ作業が「ブランド戦略立案」の土台部分ではありますが、一度整理したからといって、将来に向けて永遠にこれらを固定的に管理するという意味ではありません。その時々の自治体全体の戦略との整合性、様々な環境や背景との関係性などによって流動的に対応させていくことも大切です。

 わかりやすくいうならば、市長や国や県の方針、計画の区切りなどの変化があれば、これら定義も変動させなければならないこともあるでしょう。その時は考え方のベースを大きく変えない範囲で、改めて論議して「変えていく」柔軟さも必要だと思います。

 また、バリュー(自己定義)、ビジョン(目標定義)、ミッション(使命定義)の3つの要素に加えて「ブランドステートメント」(ブランドメッセージ)などを設定する場合があります。これは多くの場合、タグラインやスローガンという形式でコミュニケーション活動用に使用します。現実的には、動画やパンフレット、ポスター、ウェブサイトなどに使ったりします。また、ロゴマークなどに添えて配置する形で使用するケースをよく見かけると思います。

 これらの3つ(あるいはブランドステートメントを加えた4つ)の要素をまとめて「ブランドプラットフォーム」あるいは「ブランドアーキテクチャー」と呼んだりします。つまり、ブランドの基礎的な設計図のようなものです。

 一方、ブランド戦略立案とは、事実や意志を整理する作業であるため、それを共有できるようにするためには「ブランドブック」という形に整理するのも有力な方法のひとつでしょう。つまり、ブランドの設計図を本のような形式にまとめてみるということです。

 行政の場合は、業務に関する説明責任が常に伴いますので、わかりやすい形にすることは大切です。ただし、ここでは説明するには紙面が足りませんが、ブック化するためには、その地域や市民の現状把握を行うための定量調査や定性調査、分析、論議など諸々の作業が必要です。

 また、バリュー、ビジョン、ミッション、ブランドステートメントなどの文言に関するコンセンサスを得る必要もあるでしょう。場合によっては、それらブランドステートメントロゴマークなどの視覚的な様式に表現するという選択肢もあります。

 といいながら、冒頭の“PLACE BRANDING? It’s not about the logo”に話を戻しますが、このメッセージは、地域のブランド戦略づくりが、キャッチーなロゴマークづくりやブランドステートメント(スローガン)づくりを目的とする作業に陥ってはいけないという警鐘であると、私は理解しています。

 つまり、ブランドプラットフォームの整理やブランドステートメントづくり、ロゴマークづくりそのものが目的化するべきではない、ブランドブックを作ること自体が目的化してはならないということです。

 私も最近わかってきましたが、このような動向は日本に限ったことではなく、欧米でも同様の状況があるということのようです。今年のリバプール市でのプレイスブランディングに関するイベントでも、その課題を懸案事項として会議が開かれたということです。このイベント告知のウェブサイトで、イベントを組織化したコンサルティング会社UPのCEOは次のように述べています(*2)。

 「都市や場所は通常のブランドのように販売(市場化)できますか? ヨーロッパの主要都市や実務者から、その質問に関する意見や、より多くの意見が聞かれます」

 つまり、民間企業のブランド、ブランディングの考え方、実践の手法をそのまま「プレイスブランディング(場所のブランディング)」には移植できないということを示唆していると思います。

 「プレイスブランディング? それはロゴの話じゃないでしょ?」

 シティプロモーションやシティブランディングに対する秀逸な投げかけではないでしょうか。

 

出典:

(*1)(*2)Marketing Liverpool

https://www.marketingliverpool.co.uk/2018/03/12/liverpool-host-international-place-branding-event